人間関係に疲れ果てた先にあった「在宅」という働き方

在宅勤務のコミュニケーション

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仕事つながりの数人で飲みに行く約束があり楽しみにしていたところ、その一人から「家事都合でキャンセルさせてください」と連絡がありました。

せっかく皆でスケジュールをあわせたのに!と言う人もいて、グループチャット上がなんとなく不穏な空気に。

「日時の変更」や「今回は不参加で、次はこちらから誘う」などではなく、キャンセルという申し出に一抹の不安を覚えました。

勘ぐってしまった「メンタルの不調」

このとき「行かない」という意思表示があったことに少し戸惑いました

以前、筆者自身がこうした悩みを抱えたからです。

「誘ってくれるのに、なぜか行きたくない」という心境が数年、続いたことがあったんですよね。

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「この人が嫌だから会いたくない」ではなく「人と会うのが怖い」

当時は人と会うことに対する恐怖心があり、誘いはほぼ断っていました。

相手が納得するように断るのは難しくて「体調が」とか「喉がダメで会話が」といった言い訳を繰り返して数年

だんだん誘いは減りましたが、折にふれ誘ってくれる友人もいました。

やっと会えるメンタルになって顔を合わせたとき「断り続けてごめん」と言うと「しつこく誘うからね、私は」と笑ってくれて、泣きそうになりました

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キャンセルしても「みんなが来れるようリスケを」の恐怖

人と会うことに恐怖を感じなくなったものの「誘われ方」は、気になります。

とくに、複数人で会おうというとき。

誰かひとりが来れないとなると仕切り直しをして、全員が揃うよう調整が入ると「どの日でも行きたくないという選択肢はないのか」と少し不安になります

これは経験したことがなければ理解にしくいだろうし、来たくない人もいるかも、と言えば波が立つでしょう。

最近、自分自身は人と会う恐怖を感じていませんが、グループの集まりでは昔の心持ちを思い出して「もしかすると来たくない人もいる?」と考えてしまいます

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在宅ワークでも人間関係の不安はなくならないけど

そうした経験を経て筆者は、働き方も在宅中心が定着しています。在宅ワークは基本、人間関係の不安が少ない働き方です。

仕事の効率化という側面のほかに、気持ちを平穏に保つための「結界」的な部分もあると感じています。

もちろん、一歩外に出れば摩擦に触れることもあるし、時には別の課題が生まれます。

とはいえ基本ひとり静かに家で仕事をしているからか、かつての自分のように悩む誰かを、少しだけ広い心で見つめ直せるようになったのかもしれません。

在宅勤務という選択が誰かの「逃げ場」であり、同時に「回復の場」であってほしいです。

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