今、住んでいるアパートの管理人さん経由で、地域のごみ出しのアルバイトをしないかと誘われました。
ずっと家にいるし、ニートに見えるのか?と思いつつ話を聞いて「収集日の朝に数時間だけ、しかも近所で」と魅力的な雇用条件を提示され一瞬、心が動いたのですが。
しかしながら、雇われて働いていたときのことを思うと、数時間のアルバイトでも自分には無理だろうという気持ちになりました。
どんな組織にいても、なんとなく違和感を抱えて過ごしてきたからです。周囲も「やりにくい相手」と感じていたことでしょう、たぶん。
アルバイトはお断りしました。
「必要とされないなら、どういう働き方がいいんだろう」。長い間、考え続けていたテーマです。
学校でも会社でも感じてきた「なんか少しはみ出してる感」
組織に所属せずに、やっと暮らしが成り立つようになり数年。
特別な能力をもたない平凡な人間でも、いくつかの小さな収入源を作ることで、雇われなくても生活できると分かってきました。
席に着くだけで限界だった会社員時代
朝、定時に出社するだけでも一苦労、会社に到着すれば眠気との戦い、という過ごし方を長年続けていました。
「自分は怠け者」という気持ちを抱えつつ、それがバレないようにするものの。
ふとしたときに本性が出て、周囲との軋轢をよく生んでいました。
「同じこと何度も言わせないでくれる?」とか「もう一度最初から説明しろと?」とか「メモくらいとりなよ」は、聞き慣れたフレーズです。
会社では閑職に、派遣は契約延長ならず、パートではクビに
紆余曲折のあと、やっと決まった就職だったから「クビにならないように」という意識をもちながら、自分なりに頑張りました。
出世などとは縁遠いポジションのまま、なんとか首の皮一枚つながっている状況でやり過ごしていたら、勤務先はつぶれました。
その後は派遣社員として働くもすぐ契約終了、そのあと見つけたパートの仕事も解雇に。
派遣もパートも「どこ行ってもだめじゃん」という確認作業だった気がします。
でも、今振り返ると「だめ」というより「組織に所属して働くこととの相性が悪かった」のかもしれません。
「これなら自分もちゃんと稼げる」と初めて思えた仕事
会社員時代、小さなマンションの一室を購入したあと、すぐに親が要介護になり実家へ戻りました。
住めなくなったその一室を友人が借りてくれ、毎月、家賃が振り込まれるようになりました。
そのとき「これが不労所得か。毎日決まった時間に出社しなくていいし、自分にもできそう」と、ホッとしたのを覚えています。
その後、ローンを組んだ銀行やリフォーム業者と揉めたりすることはありましたが、それでも小さな部屋の大家業は継続できています。
大家業のあと、株式投資を模索するも最初の数年はボロ負け
小さな部屋の大家業に味をしめていたころ「不労所得なら、株もいけるんじゃないか」という甘い考えのもと、株式投資を始めました。
ボロ負けして200万円を溶かし、株は無理か?と諦めかけたころ、やっと収益が出てきました。
売却益でなく配当益や優待に着目したからです。
配当益と優待でお得を感じつつ、時間をかけて株取引を学び直して、さらに数年。やっと、コンスタントな収益を出せるように。
個別株のほか投資信託も始めて、最近では収益が安定しています。
「広告報酬を得られる?」とブログを開設するも、得たのは炎上と小銭
まだ会社員だったころ「広告報酬を得られるのでは。報酬が伸びれば会社をやめられる?」という目論見から、ブログを開設しました。
広告報酬が出る前に炎上してしまい、作業時間だけでなくメンタルももっていかれ、ブログは閉鎖。
そのブログから出た収益は、30円でした。
会社がつぶれてあまりにも暇だったから、再度ブログに挑戦
この「在宅勤務ブログ」は、会社がつぶれて暇をもてあましていたころに開設しました。
最初は収益を得ようとは考えていなくて、日記のように日々、好きなことを書く場所でした。
相当暇だったのでしょう、アクセス分析ツールなどを搭載して「もしかして稼げる?」と収益化を目論むようになりました。
懲りないですね。
その後もくもくと、記事の更新を続けること3年。Googleアドセンスから8000円が振り込まれたときは本当に嬉しかったです。
小さな部屋の賃貸業+株式投資・投資信託の運用+ブログ運用などが生活費に
細かい収益(↓)がいくつか重なり、現状は生活が成り立っています。
| 収入源 | 特徴・役割 | 始めたきっかけ |
| 小さな部屋の大家業 | 毎月の基盤(家賃収入) | マンション購入と実家帰省 |
| 株式投資・投資信託 | 配当金・株主優待でお得感 | 不労所得を目指し挫折後、配当へシフト |
| ブログ(在宅勤務ブログ) | 広告収入(アドセンス等) | 会社解散後の時間でコツコツ育成 |
| Webライティング | 業務請負(スポット収入) | スキル活用の試行錯誤 |
単体では大きな額でなくても、束ねることで「会社に頼らない生き方」が作れます。
請負のWebライティングは組織と近い場所で仕事をしたせいか、やはりうまくいかず休眠状態です。
新たな請負業を探すか、資産やブログの運用をがんばるか。新たな課題に、少し悩み中です。
こんな感じで、組織に必要とされない人間の生存戦略は、今日も細々と続いています。会社員も派遣もパートもうまくできなかった筆者が、いま理解しているのは、
「組織に必要とされないことと生きていけないことは、イコールではない」
ということです。ちなみに「組織になじめない」と悩みながら小さな収入源を見出すなかで「やりたくないことを手放す」という考え方もするようになりました。
そのころのことを「やりたくないこと」を手放す30代からの引き算ライフ。在宅ワークで機嫌よく働く現実的工夫とはという記事に書いています。
投資や自営を勧めているわけではありません
筆者は組織で働くことに苦手意識をもち、投資や個人事業に活路を見出しました。
だからといって「みんなで投資をやろう!独立しよう!」と誘っているわけではありません。
組織で生きづらさを感じたら、別の道を模索してみては、という提案です。
なんとなく会社勤めは無理そう、と思いながら、自分の気持ちに反して働き続けた結果、モヤモヤしながら20年近く勤めてしまいました。
お金の使い方をあまり知らなかったこともあり、会社員時代の大きな買い物は小さなマンション一室のみで、会社がつぶれたとき銀行口座には少しまとまった残高がありました。
この残高をみてホッとした反面「この金額は、無駄にした時間の代償」とも思えて、何ともむなしい気がしました。
もっと納得のいく稼ぎ方、暮らし方を早くから模索すれば良かった。
残された時間はどれくらいなのかまだ分かりませんが、無理や後悔のない生き方をしたいものです。
もし昔の筆者のように「どこへ行ってもうまくいかない」と感じている人がいたら、組織の中で必要とされる人になる以外にも、生活を作る方法はあると伝えたいです。
こちらも、まだ試行錯誤の途中ですけどね笑。

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