地方移住に憧れた20代の半ば、実家から新幹線移動が必要な場所へ引越しました。
当初は「移住してよかった!」と自由を満喫していましたが、最初のころ感じていた「移住の特別感」はだんだん日常になり、土地独特の習慣にも疲れてしまいました。
「もう飽きた」と思っていたものの帰る理由もなく、ずるずると移住を続けること10年。
実家から「お父さんが倒れた」と一報がありやっと、すでに飽き切っていた移住をやめることになりました。
「環境を変えれば自分が変わる」は幻想です。むしろ「自分の性格が最も楽でいられる環境」を選ぶのが本当の正解、と理解するのに10年もかかってしまいました。
「曖昧さの美徳」と「都会のドライさ」
地方移住では、とにかく「周囲に合わせる」「人と違う意見を言わない」ことが求められました。

「イエス・ノーをはっきり言わないのが美徳」だった空気。最初は「言い争いのない、優しい世界」と思っていました。
それが同調圧力だったことを確信したのは、だいぶ後になってからです。
本音を隠して暮らすのは窮屈だったし、年月が経つうちに、何が本音なのか分からなくなりました。
今は「干渉されないドライさ」や「はっきり言っても、あまり角が立たない」環境で暮らしていて、とても心地いいです。
こうした環境のほうが、自分の性格に合っていたのでしょう。場所の良し悪しではなく、相性の問題だと思います。
移住そのものには後悔なし。むしろして良かった
ただ筆者は、移住したことそのものを後悔しているわけではありません。

あのとき移住しなかったら、井の中の蛙で終わっていたと思うから。
別の環境で暮らして、地元や実家を客観的に眺める時間があったからこそ、そのありがたみが分かりました。
移住に飽きていたのに「帰るきっかけを逃した時間」が長かった
ただ、もっと早く移住を切り上げて戻ってくればよかったと思っています。
飽きているのに戻る理由が見つからなくて、ただ時間ばかり過ぎる時期が数年ありました。
そのときの環境に飽きているけれど、動くきっかけがなかったんですよね。
そこに住んでいることへの気持ちがマイナスになったらすぐ、帰ればよかったです。
倒れてしまった父を介護していた時「お父さんが元気なうちに戻って、もっといろんな話をしたかった」と思うことは、一度や二度ではありませんでした。
地方の絶景も素晴らしいけれど、近所のありきたりな商店街の喧騒や銭湯の湯気に、本当は帰りたかったと気づくのに時間がかかってしまいました。
移住をやめると同時に、通勤から在宅ワークに切り替え
移住先では、毎日職場へ通うスタイルで働いていました。
仕事を辞めて実家へ戻ることはイコール、生活の基盤すべてを失うことでした。それが、決断を遅らせた大きな原因です。
でも、人生の転機(親の介護)をきっかけに働き方を変え、在宅ワークを選びました。
働き方をアップデートして「家で働く」という選択肢を持てたことで、ようやく、自分を縛っていた場所から自由になれました。
パソコン一台あれば仕事ができるこの働き方がなければ、筆者は今も飽き飽きした風景の中で、帰りたかった土地を夢に見るだけの生活を送っていたかもしれません。
移住するなら早めに。できれば「帰る家がある」うちに
現状は、実家から5kmほどの場所で暮らしています。父を見送った今、老いた母の顔をすぐに見られる場所で生活できている安心感は計り知れません。
「同居は嫌」と言われていますが笑。
移住は、したいならすぐに。
移り住んで、その土地で暮らしてみて、そこで自分が何を考えるか。
移住したままでいいか、それともやっぱり地元に帰りたいか。答えは案外すぐ出ると思います。
帰りたい、という気持ちが少しでも出てきたら、なるべく早めに移住を終わらせてください。
移住したとき、元気で「大人」に見えていた親たちも、驚くほど速いスピードで老いていきます。
もし「いつか帰るかも」という予感が1ミリでもあるなら、その「いつか」を親が元気なうちに、手繰り寄せてください。

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